相談者の感想


TGC体験談 T.T男(36歳) 2001.12.6


1、目が冴える

 個人カウンセリングを2度受けたあと、TGCに参加して3日目のことでした。
首里の丘を望む、なごやかライフの建物からの景色が、昨日までとはまるで違っているように見えました。
真っ青な空,色とりどりの建物、木々の緑がクッキリ見えているのでした。
めがねを代えたのでも晴天の空のせいでもない、何かしら心が軽いのでした。
心のオモシが取れたかのようです。
これまでの人生で初めて味わう晴れ晴れとした世界でした。
こんな世界があったとは!僕は、これまでなかった、穏やかな気持ちを得ていました。
これがずっと自分が無意識のうちに求めつづけていた「何か」だったのでした。
やっとたどり着けたのでした。
それにしても、これまで僕が悩みつづけていたものは、何だったのでしょう。
 それを短期間で改善できたのはどうしてでしょうか。


2、あるべき自分を演じていた自分

 振り返るとずっと「あるもの」に苦しんできました。
物心ついたころからあったかもしれません。幼稚園のことです。
それは遠足の朝でした。
遅れて家を出た僕は、お菓子と弁当の入ったかばんをしょって、ひとり幼稚園へと歩いていたのでした。
校庭のには、観光バスがならんでいます。
中北部へいくことになっていたのです。
でも僕はバスを見ると不安になったのか、家に引き返してしまったのです。
どうしてでしょう。楽しいはずの遠足が、。少し遅れても問題なかったはずです。
当時の状況は細かくは覚えていませんが、登校拒否などはありませんでした。
学校は好きではありませんでしたが。その「あるもの」が意識として現れるようになったのは、
小学校4年生ぐらいからです。
それはクラスの仲間と気軽にしゃべれなくさせました。
おもしろく、おどけた自分を演じさせました。
そうすることで受け入れられようとしました。
中学ではスポーツや勉強で自分を追い込め必死でした。
楽しんではやっていませんでした。
高校では自分自身と周囲との関係が分からず、学校生活は非常に苦痛なものでした。
懸命に机にしがみついていました。
クラスの仲間は気づいていなかったように思います。
僕はこわおもてで周囲へはバリアをはっていたからです。
つらくても、不思議と登校拒否にはならなかった。当時は、登校拒否という言葉すら一般的ではなかった。

 それは、社会人になってからも僕を苦しめました。
職場では、真面目だったり、快活を装っていたこともありましたが、仕事をはなれると、
自分を周囲から引き込ませました。
友人や恋人もできません。 親しい関係に背を向けていました。
趣味に打ち込んだり、本を読むように仕向けたり、宗教にも拠り所を求めたりし ましたが、
 気がまぎれるだけで、求めているものはありませんでした。
僕は、考えや希望よりも周囲に合わせることを選んでいました。我慢すること、
自分の感情をおさえることを行動の基準においていました。
これらからは救いとも言うべきものは得られませんでした。