相談者の感想


3、気づき

 30を過ぎた5年前のことです。
あるAC(アダルトチャイルド)から回復した、女性の本のことを知り、読んでみました。
ACとは、子供の頃のさまざまな影響で大人になっても「いきずらさ」を抱えている人のことだと書いてありました。
自分にも思い当たりました。 少しは気持ちが楽になったかもしれません。
これまでは雲をつかむような感じだったのが、自分の置かれた状況が分かったからです。
また、2年目には、「永遠の仔」(天童荒太原作)という本のドラマ化したテレビ番組を見ました。
それは放映前から興味があり、全編ビデを録画したものです3人の親から虐待を受けた子供たちが
社会人として立派になりながらも過去に受けた心の傷にたいする、怒りと必死に戦いながら生きていくというものでした。
僕はいくつかのシーンでは涙が止まらなかった。その部分を何度も再生して見た。
それは、主人公3人に向けたまわりの理解ある人達からの暖かい言葉だった。
 心にしみた。こんなにも感動したことはなかった。
それをきっかけに幼いころのことや両親との関係を回想することが多くなった。
 

(1)
帰省のたび母の話を聞くうちに両親も心の葛藤を抱えているAC傾向の人間だということがわかってきた。
父は真面目な人間で大工として僕ら5人の子供を養ってくれたが、子供や家のことには無関心だった。
と いうより、接し方が分からなかったのだろう。家作りのプロが家庭を築く方法を知らなかったというのは、
皮肉なものだ。母は、心配性で物事に後ろ向きなほうで、怒りをかかえているのが話し振りから分かった。
家族が団欒だったり、和やかな雰囲気というのは記憶がない。
父が自分に関心を持ってくれないことは、幼い自分にはかなりこたえたように思う。
見放されたように感じていたように思う。
父と母が家の問題や家族のことを話し合っているのを見た覚えはない。
家のことや僕達のことは母が切り盛りしていた。
母は,長男の僕に支えになってほしかったようだ。
これからも僕は,AC傾向であると確信した。
僕はそれを両親から引き継いでいた。 両親を責めるつもりはなかった。
2人とも心の葛藤を抱えながら、よく僕達を育ててくれたと思えるようになっていたからだ。
         
(2)
 自我が芽生えはじめている。地べたに足ががっしりと付き始めている。
自分の現実を生きていこうと思うようにもなった。
自分を苦しめていた「あるもの」はトラウマ、コンプレックスだったんだと思った。
気づくにつれ自分に対して怒りが沸いてきた。
これまでの人生が無為に思えてきたからだ。無為に過ごした過去にも腹がたった。