カウンセラーのブログ

2008年4月4日(金曜日)

 「時間の質を高めよう」

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時09分39秒

「時間の質を高めよう」
4
月1日は“自己成長のための自分時間を増やそう”ということを書き込みました。
ところで「自分時間とは何か」との問い合わせがメールでありましたので、皆さんにも分かってもらったほうが良いかなと思い、
もう少し詳しく述べます。
 人生を有意義に過ごすには、どのような分野で充実したいかを考える必要があります。
自分とはひとりの個人の存在ですが、その個人にも公的な分野と私的な分野が必要です。
 
私は次のように公的な自分と私的な分野をもつほうが良いと考えています。
   公的分野の時間                私的分野の時間
(一)家族家庭の一員としての時間     (五)健康を守り促進する時間
(二)経済・仕事を盛んにする時間      (六)成長・向上をめざす時間
(三)人間関係を良くしていく時間      (七)趣味や楽しみをする時間
(四)社会的・文化的な活動の時間     (八)休養休息瞑想をする時間

(一)家族家庭の一員としての時間=家庭家族と共に幸福になるように楽しく過ごすこと。
家族がどのような状態か関心をしめし、配慮をし、感謝をこめて愛の関わりをする。
(二)経済・仕事を盛んにする時間=経済も仕事も盛んにして円滑になるようにすること。
   我が家の経済が順調にいくようにする。仕事の面で役に立てるように工夫努力する。
(三)人間関係を良くしていく時間=親戚や友人や仲間や地域の人たちと友好交流をする。 
   これらの人々と直接会うなり、あるいは電話したりメールしたりの関係をしていく。 
(四)社会的・文化的な活動の時間=社会や文化の面に関心をもって何らかの関係をする。
   地域や社会や世界のことに関心をもち、見学したり奉仕したり参加したりしていく。
(五)健康を守り促進する時間=良い睡眠、良い食事、良い活動をして健康な生活を保つ。
四つの健康(身体的・心理的・社会的・精神的)のために良い活動良い運動をする。
(六)成長・向上をめざす時間=知識を磨いたり技能技術を高めるために学び実践する。
より良い人生のために、いくつになっても成長向上をしていくよう工夫努力をする。
(七)趣味や楽しみをする時間=スポーツ・趣味・習い事・テレビ・ラジオ・CDを楽しむ。
   頭の切り替え・良い活力・良いエネルギーを満たすために、健康的に喜び楽しむ。
(八)休息休養瞑想をする時間=体を休め心をリラックスさせる、休息休養瞑想の時間。
   気を休め、心身をリフレッシュさせ、良い気を満たし、いのちと宇宙とつながる。
いかがでしょうか。
同じ時間・一日・一年・一生を送るのにも、ただ無意識に事に追われ時間に追われてばかりではもったいないですよね。
自分の人生をより良く経営していくために、自分の時間の質を意識して高め、バランスをとっていくことが大切です。
 これを意識しないと、仕事に偏ったり遊びに偏ったりバランスを欠いてしまいますね。
活動の八分野を円グラフにして其々何パーセントになるか見てみると、自分の活動の傾向が確認できます。
きっと大きな発見があるでしょう。
  

タグ :カウンセリング悩み心理療法幸福・自信なごやか



2008年4月1日(火曜日)

自己成長のための自分時間を増やそう

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時08分20秒

皆さん今晩は 127日以来の久し振りのブログです。
この間、「死」と「生」について見つめていました。
「死」を見つめるのは死にたいからではなく、より良く生きるためです。
「死」というレンズを通して、自分の生き方を見つめ直し、人生を問い直すためです。

ということで、
4
1日を期し、今日から起床時間を1時間早め午前455分に切り上げました。
この目的は朝の早い時間に、自己成長のための自分時間を増やすためです。
そのお陰で、早起きができて気分爽快でした。たっぷりと自分時間がとれて大満足でした。
皆さんも時間の質を変えてみませんか!そうすると人生が充実しますよ!

さて「死」と「生」は、我ながらよく出来たなーと思える内容となりました。
早い時期に公開しようと思います。
楽しみにしていてください。 
 200841


2008年1月27日(日曜日)

人生を変えるための人生公式

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時07分22秒

前回1月22日に、人生の要点は「人生は意識と選択と習慣によって決まる」
のだという大切さを覚えましたね。ここでは人生の公式を覚えて下さいね。

☆人生公式
[
人生⇔習慣⇔行動⇔姿勢・態度⇔心構え⇔意識[顕在意識10%+潜在意識90%]

人生は習慣の繰り返しであり、その習慣は行動の積み重ねであり、
その行動は姿勢や態度から生じるものであり、
その姿勢と態度は心構えから決められ、
その心構えは意識から生じるのである。
その意識は10%の顕在意識と90%の潜在意識から成っている。
顕在意識とは、自分で意識的に操作できる意識のことであり、
潜在意識とは、意識的ではなく無意識に生じる意識のことなのです。

だから
意識を変えれば心構えが変わり
心構えが変われば姿勢・態度が変わり
姿勢・態度が変われば行動が変わり
行動が変われば習慣が変わり
習慣が変われば人生が変わる。

ですから良い人生を歩むには、意識を意識化することですね。
意識を意識化して、意識が良い方向に向いているか、まずい方向に向いているか
を自覚しなければなりません。

まずい意識というのは一般的に言う、マイナス思考とかネガティブ思考とかいう
もののことです。通常はマイナス思考とネガティブ思考とを同じように用いますが、
ここではマイナス思考は自分の外界のことに対して悲観的になる心くせのことであり、
ネガティブ思考は自分の内側に対して否定的になる心くせのことです。
 
ですからどちらかというと、ネガティブ思考のほうがマイナス思考より深刻です。
「私は生まれない方が良かった・いない方が家族のためになるのだ。どうせダメだ・劣っている・
何にもとりえがない・ぐずだ・自分が嫌い・自信がない・幸せになれない」などと自分自身のことを
自己否定していれば、人生はうまくいきませんよね。

自己否定のネガティブ思考から自己肯定のポジティブ思考へ、
自分嫌いから自分好きへ、そして自信がもてるようになりましょう。
以下は次回に。


2008年1月22日(火曜日)

人生の決めて(要点)を深める

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時05分48秒

-SIZE: 9pt; COLOR: black; LINE-HEIGHT: 165%; FONT-FAMILY: ‘MS Pゴシック’; mso-bidi-font-family: ‘MS Pゴシック’; mso-font-kerning: 0pt”>さあ、真の人生の要点「人生は意識と選択と習慣によって決まる」を深めましょう。
これはとっても大切ですので、より良い人生を歩みたい方は、特にしっかり学んで欲しいと思います。
それでもう一度2008年1月12日をご覧くださいね。

人間は意識の存在です。意識があるから人間であり、意識がなければ人間たり得ません。
全ては意識から生み出されます。自分も内なる意識によって自分であり、
外界・世界も外への意識によって外が現出することになります。
日々の出来事なども、意識によってうまく行くことが起こり、うまく行かないことにもなるのです。
 
「自己とは自分に対する意識の総和です」。性格は自己へのイメージであり、
心くせ(意識のくせ)ということになります。
性格は生まれながらに備えている気質をベースにして、環境と背景と条件の中で、
生い立ちがあり学習し経験し、取り入れ積み増した意識の総和なのです。
 
ですから 性格は初めから性格として定まっているのものではなく、
自分自身で「内気」とか「暗い」とか「消極的」だとか、という風に自分で受け入れ取り入れて、
自分に思い込ませ信じ込ませたものなのです。
 
今現在、まずい方の心くせで悩んでいるとすれば、もったいないですよね。
でも、もし仮に「内気」とか「暗い」とか「消極的」だとかの性格だとしても
なげく必要はありません。
性格は心くせですから変えられるのです。

これは素晴らしいことではありませんか!自分を変えられるのですから!
人生は能力によって決まるのではありません。
もちろん「学問」「愛」「運・縁」自分の内側への意識(心くせ)のあり方と、
外側(外界・世界)への意識が人生を左右するのですよ。

次回は、自分を好きになり、自信がもてて、良い人生を歩める
良い心くせ(意識)の見つけ方と作り方を学びましょう。


2008年1月13日(日曜日)

2008年1月のスケジュールのお知らせ

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時04分26秒

tyle="FONT-SIZE: 9pt; COLOR: black; LINE-HEIGHT: 165%; FONT-FAMILY: ‘MS Pゴシック’; mso-bidi-font-family: ‘MS Pゴシック’; mso-font-kerning: 0pt”>20081月のスケジュール案内

 「公開セミナー」
☆テーマ アダルトチャイルドを乗り越え、あるがままの自分を好きになり
     自分に自信がもてる講座
☆内容  ガマンし、人に合わせ、自分を出せず、楽しめず、自分らしく
     生きられない心くせを変える
☆日時  1月18日(金) 昼2~4時 夜7~9
       1月25日(金) 昼2~4時 夜7~9
☆場所  カウンセリングセンター なごやかライフ
   
 
 「なごやかサークル」
     毎週火曜日 昼3~5
 「元気になるカウンセリング」
     毎週水曜日 夜7~9
 「カウンセリング習得講座」
     毎週木曜日 昼2~5時 夜7~9

註    地図・申し込み・料金・その他についての
     詳細は下記のホームページをご覧ください
     http://www.nagoyakalife.com/
  

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2008年1月12日(土曜日)

真の人生の要点(決め手)とは

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時03分24秒

-SIZE: 9pt; COLOR: black; LINE-HEIGHT: 165%; FONT-FAMILY: ‘MS Pゴシック’; mso-bidi-font-family: ‘MS Pゴシック’; mso-font-kerning: 0pt”>真の人生の要点(決め手)とは
物事の成就や幸せはどのようにして達成するのでしょうか?
ここでもう一度、1210日?19日の人生の要点というのを思い出してください。
一般的に人生の要点(決め手)と見られるものは
「学問」「愛」「運・縁」「宗教」「健康」等と考えがちですね。
これらは大切な要素ではあるが、真の人生の要点(決め手)とはならないと説明しましたね。
今までこんな大切なことを知らなかったのは不思議ですね。

でもそれはやむを得なかったのです。哲学者も宗教家も芸術家も政治家も
教育者もそして医者もカウンセラーも、だれもこんな大切なことを気付かなかったのですから。
「学問」「愛」「運・縁」「宗教」「健康」等に関係なく、人種や地域に関係なく、
人類共通の真の人生の要点(決め手)がなかったのです。

それだから、うまく行く人もあれば、うまく行かない人もいたのです。
「努力に勝る天才なし」、「あきらめるな」、「目標をもつこと」、「継続は力なり」、
「型から入れ」「習うより慣れろ」「備えよ常に」「コミュニケーションを大切に」、
「今に集中しろ」「前だけ向いて歩け」「愛あればこそ」「好きこそ物の上手なれ」、
「時は金なり」「若い時の苦労は買ってでもせよ」「信ずれば通ず」「思いは叶う」
「天は自ら救う者を救う」「ナンクルナイサ」「決めたら迷うな」「去る者追わず」
「モチベーション」「神を信じる者は救われる」「仏に帰依すれば煩悩を脱する」
等と、皆が手探りで、皆が自己流で、それぞれの努力をしていたのですね。

先述の数々の教えは、どれも素晴らしいものではあったのですが、
結局は、うまくいくレベルの人に通じる方法だったということが分かりますか?
それを応用できないレベルの他の人には、これらを適応しようとしたとしても、
「頭では分かるができないよ」ということで終わるだけですね。
これがうまくいかない理由だったのです。もったいないことをしていましたね。

それでは、人生の要点の真の(決め手)は何か?
その答えは明快明確です。
答えは「人生は意識と選択と習慣によって決まる」です。

人間は意識の存在です。意識がなければ人間たり得ません。全てはこの意識から
生み出されます。自分自身も意識によって自分であり得るのです。外界も世界も、
日々の出来事も、意識によってうまく行ったり行かなかったりになるのです。

「人生は意識と選択と習慣によって決まる」をどのように活かすか?
知りたいですよね!
これについてはこの次に


2008年1月11日(金曜日)

新しい年の思いをどう達成するか

カテゴリー: - nagoyaka @ 00時00分55秒

2008年0111

明けましておめでとうございます
早いもので、正月も11日の鏡開きとなりました。遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます。

さて、年の初めには多くの人が初詣に参ります。日本の正月の美しい伝統ですね。
なんのために行くのかと言えば、年の初めのけじめがつき気持ちが改まるからですね。
そうすれば、なんとなく良いことが起きそうだ、という期待が持てますよね。
そして願を掛けます。受験を前にしている人は“合格祈願”を、商売をしている人は
“商売繁盛”を、子どもを待ち焦がれている人は“子宝”の授かりを、お願いします。
“病気が治りますように”、“健康でありますように”、“恋人が見つかりますように”、
“良い運が巡ってきますように”とか、色々とそれぞれの思いをこめてお願いします。

これはとっても良いことです。願いをしない人と比べると、はるかに良い結果をもたらすでしょう。
なぜなら少なからず○○のことをかなえたいという思いがあるからです。

思いが有ると無いでは天地の差があります。思いが有ればこそ願いがかなうのです。
「どうせ願いなんか叶うはずがないさ」というのでは、始めから叶うことはありません。

 ところで、思いはとっても大切ですが思いがあれば必ず叶うかというと、
残念ながらそうはなりません。
思いが思いのままでは、どこまでも単なる思いでしかありません。
それを実現しようとする意識と選択と実践習慣がなければ思いは叶うことはありません。

同じく、思い願いを教会やお寺やお宮などに、或いは家の火の神やトートーメー等の神様や仏様におねがいしても、神様や仏様が願いを聞き届けて叶えてくれることはありません。
なぜなら神様や仏様の実質は、願いを聞き届けて叶えてくれる存在ではなく、
願いを誓う対象であり、意識の対象であり、生かされていることを感謝する対象なのです。
なのに、宗教者は「絶対にかなう」等とまことしやかに言いますが、
それは実際には根拠のない信念であり思い込みなのです。
宗教者は根拠のない信念や思い込みに満たされているので、「絶対にかなう」等と主張するでしょうが、それ程自信があるなら、その言葉に責任をとれますかと迫ると、100%責任がとれると言える人はおりません。
神や仏をご利益の道具にするのは神や仏を冒涜するもので、そういう宗教は真の宗教とも言えないし、そういう宗教者は真なる信仰者とは言えません。神や仏はうやうやしく向き合うべきもので、
おごそかなこころの拠り所なのです。そうすれば、神や仏は素直にあなたの心に住み着いてくれます。

物事の成就はどのようにして達成されるのか?これについては明日お伝えします。
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2007年12月31日(月曜日)

智恵の深め方 ?

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時54分36秒

2007年1231

前回に引き続き智恵の深め方について考えていきましょう。

前回、智恵の深め方の㈠と㈡について述べましたね。
皆さんはこの二つの智恵の深め方についてどのように感じましたか?
とてもじゃないが、ついていけないなーと感じられた方もおられるのではないぢょうか。
この感じ方は正直な感じ方だと思います。実際に一般の方はこのような方法をとりませんよね。

前回、智恵の深め方の㈠と㈡について述べましたね。
皆さんはこの二つの智恵の深め方についてどのように感じましたか?
とてもじゃないが、こんな方法にはついていけないなーと感じられた
方もおられるでしょう。この感じ方は正直な感じ方だと思います。
実際に一般の方はこのような方法をとりませんよね。
一般の人々にとっての必要な智恵とは、かけ離れている智恵だと言うこと
になります。特別な人にとっての智恵なんだとしか思えませんよね。

実は私も、かっては上のような高等な智恵を求めて、それこそ一生懸命に
取り組んだことがあります。
それは、坐禅を組み瞑想の中で悟りを得る修行でした。
1969年(30歳)から1989年(50歳)までの、毎朝5時半から7時
までお寺で坐禅を組んでいました。
その間一日も欠かさず、年末も寺にこもり、年越しの坐禅を組んでいました。
ですから、紅白歌合戦などは見たことはありませんでした。
年越しそばも、家族と一緒に食べたことはありません。
家族には申し訳ないことでした。

その間断食も20回余りやりました。食べ物は一切とらず水だけの本断食です。
最初の年は22日間でした。それ以外は15日間の断食を年に1~2度しました。
このように、出家をしていたのではありませんが、心の修行を一日も欠かさず
それはそれは熱心にやりました。

なぜそのような厳しい(当時は厳しいなどと思っていませんが)修業をして
いたのかと言うと、言うまでもなく悟りを開きたいからです。つまり高い智恵を
得たかったからです。
おかげさまで自分で言うのも面映ゆいことですが、当時の私はわたしなりに、
ある境地をもてる段階までになっていました。

でもこれが問題ありと気付かされることがおきました。
それは平成元年6月9日の49歳の夏、やってきました。当時、私は原因不明の
熱におかされて県立那覇病院に入院していました。なんと2週間も42度以上の
熱だったのです。私はあの大熱の中でも気力は衰えていませんでした。あの入院
状態の中でも断食していました。医者の力も借りず自力で治したいという思いで
断食していました。ですから、だれもが危ないと思っていたとのことでした。
 
ところが皆の期待?に反して、平成元年6月9日に奇跡的に回復したのです。


2007年12月30日(日曜日)

智恵の深め方

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時53分23秒

2007年1230

前回に続き、智恵の深め方について考えましょう。

☆智恵とは、
?人生の目的・物事の根本の相に関わる深い叡智であり、
?事の道理や筋道をわきまえ、正しく判断する心のはたらきであり、
?事にあたって適切に判断し、処置する能力であり、
?真理に立って、執着や愛憎などのまずい心くせを克服させるはたらきである。
???

☆智恵を深めるとは
以上のように、智恵は単なる学問的知識や頭の良さではなく、
人生経験や人格の完成があって初めて得られるものです。
別の言い方をすれば、いつも自分としっかり向き合い、人間として深い経験を積み、
人格の形成を真剣にもとめて深めていくのです。

☆智恵はどのように深めるのでしょうか?
第一の方法は宗教的な修行で磨いていくことができます。
ちなみに日本の仏教は、大別すれば他力宗と自立宗とに分けられます。

他力宗は浄土宗系・浄土真宗系そして日蓮宗系などがおもな宗派です。
他力宗は煩悩が滅するように、すべてを仏にゆだねていきます。

自立宗は天台宗・真言宗・そして禅宗などがおもな宗派となります。
自立宗では自力の修行を積んで、煩悩を消滅させる智恵を磨いていきます。
禅宗の修行法である座禅もその一つです。

 第二の方法は哲学を極めていくことで智恵を深めていくことができます。
古くはギリシャ哲学や現代の哲学まで幅広いジャンルがあるがあり、
世界や人間についての智恵・原理を探求します。

 第三と第四の方法は、先に述べた二つとは異なる方法で智恵を深めていきます。
一般の人はこの第三と第四の方法が有効となります。

これについては、引き続きこの後にお話しましょう。
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2007年12月29日(土曜日)

智恵について 2

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時52分27秒

2007年1229

< ?xml:namespace prefix = o ns = "urn:schemas-microsoft-com:office:office" /> 1226日に続き、智恵について考えてみましょう。

 その前に知識とはなんでしょうか?このことから先に考えてみましょう。
 知識は?ある物事について知っていることであり?ある事について理解できることです。
簡単にいうと、情報の量でありそれに基づいて判断できることになりますね。どちらかというと
理性(頭)を働かすのに必要なものです。

 知識はどのように獲得するのでしょう。主には多くの見聞きをすることで得られます。
?よく学び、?よく遊び、?よく関わり、?よく経験することです。福沢諭吉の学問は、
おもに?のよく学びで得られる知識にほぼ相当します。学校の教育も主にこの面の知識を
もたせるためになされています。残念ながら?よく遊び、?よく関わり、?よく経験する面での
知識の獲得は十分ではありません。生きる力が十分に育っていないことになりかねませんね。
このような知識偏重では、幸せな人生を送りにくくなります。

 例えば?よく遊び、?よく関わり、?よく経験することが足らず、成績だけが良かった人や
良い大学を出ただけの人は、社会に出てから苦労するかも知れません。
世の中の多くの教育ママはこのことを知らず、勉強さえ出来ればいいとばかりに、ひたすら勉強を
させようとしますね。残念ながらその結末は、必ずしも幸せな人生になっていないことがあります。
カウンセリングをしていると、そのようなうまく行ってない結果に出合うことになります。
それは教育ママも本人も学校側も智恵がなかったことになります。

 今からでも遅くはありません。智恵を磨けばいいのです。

 さあー、それでは智恵とはなんでしょうか?智恵はどのように磨くのでしょうか?
そもそも磨くとはどういうことでしょうか?

 この続きはこの後で!


2007年12月26日(水曜日)

ほどほど 良い加減 臨機応変

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時51分24秒

2007年1226

12月22日のトゥンジージューシーの続きです。
“極まれば転ずる”については12月22日に述べましたね。
それは、何事も最大になると転じてしまうということでした。

今日は“好事魔多し”について考えてみましょう。
これは、良いことが続き過ぎるときにはその裏には悪いことが起きかねないという
ことを教えるものです。
先人はあまりに自分だけがうまくいくと、嫉妬の神様がねたみ心を起して悪さを
されるので、それを免れるために周りの人々に「少しばかりですが」とおすそ分け
やお福分けをしたものです。
例えば、絶好調だからと無理をすると体をこわすことになりますね。
商売も調子に乗り過ぎると、つい欲を出して大きくし過ぎたり、商品が売れだすと
ブームは終わっているのに気付かず、大量に作り過ぎて売れ残って失敗しますね。

もう一つ“過ぎたるは及ばざるがごとし“を考えてみましょう。
完璧を求め過ぎたり、余りに絶好調を求め過ぎたりすると、かえってつまずく
ことになりますね。
三味線の弦も張り過ぎると切れてしまいますし、弱すぎると音になりませんね。
だから、何事も程々に・良い加減に・臨機応変にするのが賢明だということです。
先人の教えから学ぶことは多いですね。
この“良い加減に・臨機応変に”というのは、人間にとって幸せになるために
とっても大切なことです。人間は色々な慾が働くのでなかなか自分の欲求を抑える
ことは容易ではありません。その意味では一生の課題と言ってもいいほどのテーマ
です。
良い加減の判断がつき、良い加減を選択できるようになるには智恵が必要です。
その智恵はどうすればもてるようになるでしょう?

それではまた次に!
< ?xml:namespace prefix = o ns = "urn:schemas-microsoft-com:office:office" />


2007年12月22日(土曜日)

冬至と悩みとの関係

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時50分15秒

-SIZE: 9pt; COLOR: black; LINE-HEIGHT: 165%; FONT-FAMILY: ‘MS Pゴシック’; mso-bidi-font-family: ‘MS Pゴシック’; mso-font-kerning: 0pt”>本日12月22日は冬至ですね。それで今日は冬至のお話をします。
沖縄では冬至のことをトゥンジーと言います。夏至はカーチーと言います。
本土でも沖縄でも、冬至はめでたい日とされますが、その意味をご存じでしょうか?
冬至は一年のうちで昼(明るい)が最も短く、夜(暗い闇)が最も長い日ですね。
夜とは苦しみを意味します。つまり苦しいのが一番長い日だということになります。
今日が最も長いのであれば明日からは短くなる。つまり“極まれば転ずる”のです。
だから今日で苦しみが最高で、明日からは明るいほうに転じる。おめでたいですね。
せっかくの冬至を迎えたのですから、苦悩は今日が最高で、明日からは明るさに
転じるようにしましょう。そのように意識すればそのようになりますよ。

ところで沖縄では、冬至にはトゥンジージューシーを食べるならわしがあります。
ジューシーとはおじやのことです。なぜトゥンジージューシーを食べるかというと、
本当は本格的な御馳走が良いのですが、昔はそれほど豊かではなく、又この時期は
正月もまじかで、そうたびたび御馳走を食べるわけにいかず、ジューシーでも大の
御馳走だったということになります。トゥンジージューシーを頂けることを感謝して
有り難くいただきましょう。
これは沖縄の大事な文化ですから、他の方々にも知らせて上げてくださいね。
自分の文化に誇りをもてることは、国際人として大切な感性の一つですよ。

 我が家では結婚以来38年間、妻がおいしいトゥンジージューシーを炊いてくれます。
家族全員(今では11人になっています)が揃ってトートーメーにお供えします。
それからウサンレー(おさがり)をいただきます。いただくときは、全員で次のように
唱えます。「宇宙自然の恵みとこれに関わった人々に感謝して、有り難く頂きます」と。
そして「みんなで揃っていただきます」と全員が声をそろえてから頂くことになります。
 最近では子供たちも全員が成人になっていますので、なかなか皆が揃うことはめったに
ありません。それでマチマチに食事をとることになります。そんなとき、どこにいても
それぞれが「みんなで揃っていただきます」と唱えます。「皆で揃って」と唱えることで
離れていても、家族全員とつながっているという感覚をもてるのです。ですから寂しいと
いうことはありません。これは我が家の宝として、長くつないでいこうと思います。
 
ついでに少し照れますが妻のことを話します。実は妻は料理がとても上手なんです。
そのことが嬉しくって、「君の手は温手(ぬくて)だ」と思って感謝します。すると妻がこう言います。
「私が料理が上手になったのはあなたのおかげですよ」と。えーどうしてと聞き返すと
「あなたがおいしいおいしいと言ってくれるので、私ももっとおいしいのを作ってみようと思ったの」
と言います。
ふーん・私が妻の料理の腕を上げていたのか!


2007年12月21日(金曜日)

アダルト チャイルドのセミナー

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時49分06秒

AC(アダルト チャイルド)セミナーの案内
☆内容;?アダルトチャイルドを乗り越え、あるがままの自分を好きになり、自分に自信がもてる講座
    ?ガマンをし、人に合わせ、自分を出せず、楽しめず、自分らしく生きられない心くせを変える 
☆日時:2007年12月28日(金) 昼の部2時~4時 夜の部7時?9時  
     セミナー終了後個人的な相談に応じます
☆場所:カウンセリングセンター なごやかライフ(那覇市繫多川3?13?15)
     ホームページ=http://www.nagoyakalife.com/
     タウンページ=北部75&77 中部117&119 那覇南部116&118
☆講師:松城 成道(意識セラピスト・心理カウンセラー)
☆受講料:¥1000
☆定員:20名(要予約) ☆駐車場:先約15台まで駐車可
☆締切:12月27日12時まで(ただし定員になり次第締め切ります)
予約:電話=098?854?7781 メール=info@nagoyaka.tv
☆問い合わせ なごやかライフ(渡久地) 電話=098?854?7781
AC
は性格ではなく心くせですから変えられます。自分のインナーチャイルドと向き合い、
過去のトラウマを癒し、心くせを変え、あるがままの自分を好きになり自信が持てます。
これがアダルトチャイルドのセミナーです。

 皆さん “アダルトチャイルド”と聞くと、どのようなイメージをもちますか?
「大人なのに子供のような大人」「大人になりきれていない大人」「子供のような大人」
などの答えが返ってきますが、でもこの答えは正しくはありません。

 本来こどもというのは、CCすなわちチャイルドチャイルドが本当のすがたなのです。
つまり、こどもは子供らしいこどもでいいのです。純粋でキャピキャピでワイワイで、
何にも気を使わず、したいようにして、嫌ならいやと言って、欲しいなら欲しいと言って、
泣きたい時に泣き、笑いたい時にわらい、自由気ままにふるまう。これがこどもです。

 本来そういう子どもらしいこどもが、いつの間にか周りから何らかの影響をうけて、
子供らしいこどもでいられなくなり、おとなのように周りに気を使って生きるようになる。
この「こどもなのに大人のように生きるようになったこども」これがACの原型なのです。

そして大人になっても、あのようなACの感覚で、周りに気を使い、嫌われることを恐れ、
ひとに合わせ、自分を後回しにし、自分を出さず、ひとの世話をやき、ひとの期待に応え、
自分らしくない自分を演じ、良く思われたいとよい子を演じていく心くせのことなのです。
いつもひとの評価を求め、頑張っても満たされず、モンモンとして心が晴れません。

ですからACは、病名でもなく、人間的欠陥でもありません。むしろあまりに良い子すぎる
心くせの傾向といえます。それだけに、不自由で生きにくい生きかたになります。
場合によっては、過去をなげいたり、人を憎んだり、越えられない自分を責めたり、
将来に希望がもてなくなりますので、なるべく早期に解消することですね。

 私は過去2000人余のACの方々を解消してきました。それを乗り越えた人々との集いもあります。
そういう方がtと出会うことも大切です。自分だけではないんだとホットします。安心して参加下さい。


2007年12月19日(水曜日)

愛について

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時48分19秒

“愛”は人生の要点(人生の決めて)になるでしょうか?考えてみましょう。

“愛”は人生でもっとも大切なものの一つであるといえましょう。
どんなに立派なことを言っても、その根底に愛がなければ伝わりませんね。
ところで愛というのはどういうものかお分かりですか?

生き物は生き延びるために危険か安全かを見極める必要がありますね。
好き嫌いという感情の原点は、この危険か安全か?、怖いか怖くないか?ということと
関係するのです。
危険か安全か、怖いか・恐くないか、好きか嫌いかも脳の扁桃体で判断します。
愛情も、好き嫌いと関係することはもうお分かりになれましたか。
先に述べたように、愛の原点は生命が絶滅しないで永遠に引き継ぎ生き延び
繁栄し続けるための戦略であり、そのための機能(欲求・感状)の増進でしたね。
生命は、危険防止・安全確保・食餌・生殖には単独で生きるより、関わり群れるほうが有利なので、
身体的な進化と共に愛という関わり合う進化を遂げてきたのです。
ですから、よく愛し合えるというのは、より良く生きられるということを意味します。

ではここで愛の経過を見てみましょう。

1:生物愛
 ?生殖の愛=生命を引き継ぎ生き延び繁栄しつづけるための結合する愛
 ➁生存の愛=自分を守り生き残るために必要な個愛
 ?群れる愛=仲間が群れることで危険を分散し結集することで力となる愛
 ?番いの愛=動物が子孫を残すために雌と雄とが結びつきつがいをつくる愛
 ?育てる愛=誕生した子供に食べ物を与えたり危険から守り育てる愛

2:人間愛
 ?自我の愛=自分を引き立たせ自分を押し出し自己実現への愛
 ?仲間の愛=何かの縁で集った人間の間で、仲間だと認識しあえる愛
 ?男女の愛=思春期(性への目覚め)から異性と触れ合い交わり合いたい愛
 ?夫婦の愛=男女が家庭を築き協力しあっていく
 ?家族の愛=親子や兄弟・姉妹などの間に交わされる愛

3:人類愛
 ?友情の愛=利害に関係なく互いを尊敬し信頼し良い関係を持ちたい愛
 ?隣人の愛=イエスが説いた愛で、隣人への愛
 ?慈悲の愛=釈迦が説いた愛で、喜楽を与える慈と苦悲を癒す悲とをもたらす愛
 ?大我の愛=成道が説いた愛で、自分も大切に人も大切にする愛

さあ、愛が人生の要点(決め手)になるか否かお分かりになりましたか。
つぎはこの後で・・・。


2007年12月14日(金曜日)

人生の

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時40分46秒

前回につづき人生の要点(人生を決める決め手)について考えましょう。
これはとっても大切なことですが、今まで誰もハッキリと教えてくれませんでしたね。

宗教者は、「神や仏を信じることが決め手です」とか、「祈りをすることです」だとか、述べておりますね。宗教を信じることは本物の人生の要点(決めて)になるでしょうか。

確かに正しい信仰心をもっていることはゆるぎない信念となり、強い心の拠り所となるでしょう。心の安らぎ・心の安定にもなります。

私も信仰はあります。でも私の信仰は特定の宗教に所属するものでもなく、特定の神や仏を信じるものでもありません。
心を鎮め心を開き宇宙自然とつながる。宇宙自然の恵みとこれに関わった人々に感謝し、生かされていることを喜び生きていることを喜ぶ。そうすれば自然に心が満たされます。ただそれだけです。何かをお願いしたり何かを求めたりは一切必要ありません。

普通の人々は宗教を信じればなんとかなるものとやみくもにしがみつくからまずいのです。
ただ、たたりをのがれるための宗教や、危難苦難をまぬがれるための宗教であったり、商売繁盛とか○○をかなえるためだけのご利益信仰であったりでは、正しい信仰心とはなりませんね。正しい人生の要点をつかんでの努力ではないのであれば、どんなに願い事をしても、残念ながらこれでは人生は良くなりません。

人生の要点というのは、宗教を信じていようが信じていまいが、どんな場合にもどんな人にとっても、人生が好転するものでなければ本物の要点とは言えません。

それでは、“愛”は人生の要点(人生の決めて)にならないでしょうか?“
愛”こそは人生の要点になりそうですね。
愛については次回に検討しましょう。


2007年12月12日(水曜日)

人生の要点(人生を決める決めて)とは

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時39分57秒

皆さん お元気ですか
前回は、人生で差が生じるのは何が本当の原因だろう?ということをとりあげましたね。
福沢諭吉は、“それは学問の差だ”と言いました。
果たしてそれは正しいのか、まずこれから検討してみましょう。

 一般的には学問があるほうが、無いよりは有利な場合が多いと言えるかも知れませんね。
何かの資格を取るにも、良い就職するにも、色々な情報を得るにも、たいていの場合は
学問が高いほうが良い条件に恵まれるケースが多いでしょう。
 
通常は無いよりはあったほうが良い。
特別な場合を除き、学問が邪魔になることはありません。
その意味では可能な限りだれもが学問をしたほうが良いと思います。

 私だって、この年になっても、私なりに勉強はしつづけていますよ。
それどころか若いころより今のほうが、ますます貪欲になっています。  
 
 それだからこそ多くの親は、良い学校へ行かそうと必死に教育ママになるのです。
特に昨今は、経済的格差が広がり、経済の二重構造が顕著になりつつあります。その結果
教育の格差へとつながり、弱者・強者を生む社会問題になっています。
 
 さて、ここまで学問の大切さを説いたのに、ここで本当に学問の差が決定的なのかと
問いかけるのは変ですか?いえいえ決してそんなことはありません。なぜなら人生の差を生むのは決して学問が決定的な要因ではないからです。
 
 あなたも次の疑問をもってみてください。
?さきの「学問ノススメ」のウワサを聞いて、その本を買った人と買わなかった人とがあったと思いますが、その差はどうして起きるのでしょう?
 ➁実際に本を買った人がいて、さらに上の学問を求める人と、もういいやと投げ出す人がいたと思いますが、その差はどうして起きるのでしょう?
 ?本を読んでさらに上を目指したひとが大勢いたでしょうが、その後うまく行く人と、うまくいかない人とがありますが、その差はどうして起きるのでしょう?
 ?中学校しか出ていないのに、総理大臣になった田中角栄という人がいる反面、
超一流の大学院を出たのに挫折したり、その後の人生でつまづいたりしてしまう人があるのは、何が要因だろうか?
 ?同年齢で、同じ中学校を出て、同じ高校を出て、その後の人生で開きが出るのは、何が要因だろうか?
 ?その他、人生にはさまざまな差が生じていくが、それらは本当に学問の差が要因で差が生じるのでしょうか?

 ではこの問題の詳しい検討は次回にしましょう。


  
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2007年12月11日(火曜日)

一万円札について 2

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時37分49秒

 さて、昨日一万円札になぜ福沢諭吉の肖像画が採用されたか、ということを考えましたね。
それは福沢諭吉が日本の発展に大きく貢献したからです。
ではどのように具体的に貢献したかを考えて見ましょう。

(一)福沢諭吉は三度も欧米にわたり、「西洋事情」「文明論之概略」を著して、
個人および国家の独立自尊と社会の実利実益の尊重を主張し、近代日本の発展に寄与した。

(二)江戸に蘭学塾を開き、1868年に慶応義塾と命名し、現在の慶応義塾大学を創立した。

(三)、「学問ノススメ」の本をだして、広く国民に学問を勧め、識字率向上につくした。

このような大きな貢献があったので、福沢諭吉が一万円札の肖像画に採用されたのでした。

福沢諭吉は 、「学問ノススメ」という本を出しました。その本の書き出しは、あの有名な
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という孔子の言葉を引用したものでした。

 けれども実際には、この世にはいろいろな差がありますよね。
ではこの差の原因はどうして起きるのでしょう?と問いかけたのです。

 福沢諭吉翁は、その原因は学問の差ですよと言ったのです。
みごとなアピールですよね。さすが福沢諭吉翁は、商才も長けていたのですね!
だからこの本は爆発的に売れたんです。当時の大ベストっセラーです。

 さて、皆さんはこの福沢諭吉翁の考え方をどう思いますか?
この世で、うまくいったり行かなかったり、貧富の差がでたり、幸福に差がでたりするのは、
何が本当の原因なのか知りたいですよね。
だって、これが分かれば人生がうまく行くようになれますよね。
さあー!一緒に考えてみましょう。

続きは明日とさせていただきます。
  
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2007年12月10日(月曜日)

一万円札について

カテゴリー: - nagoyaka @ 23時31分48秒

皆さん今晩は!お元気ですか
今日は一万円札の肖像画について考えてみましょう。

 一万円札の肖像画はかつては聖徳太子でしたね。現在は福沢諭吉ですね。
聖徳太子の肖像画が採用された理由は、

(一)「冠位十二階」という定めを出して身分制度を十二種類に決めて、
権力が一部の人たちだけに集中しないようにして、やる気のある人を採用しやすくしたことと、

(二)日本国で最初の憲法「十七条憲法」をさだめ、国の政治が円滑になるようにしたこと、

(三)そして仏教を広く普及させて文化度を高め、国を安定させたことの功績をたたえたからです。

 それでは福沢諭吉翁の肖像画はどうして一万円札の肖像画として採用されたのかご存じですか?
その答えはもったいぶっているわけではないが、皆さんに考えてもらうためにあえて明日書こうと思います。


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